大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

新潟地方裁判所 平成12年(ヨ)41号 決定

債権者

有沢信廣

債権者

阿部守

債権者

西澤健治

債権者

原博文

債権者

丸山好子

債権者

若杉孝志

右6名訴訟代理人弁護士

土屋俊幸

金子修

小川和男

齋藤裕

債務者

沖歯科工業株式会社

右代表者代表取締役

川島孝昭

右訴訟代理人弁護士

斉木悦男

坂井熙一

小泉一樹

主文

一  債務者は,債権者らに対し,平成12年2月11日から,平成13年9月29日まで,毎月28日限り,別表保全額欄記載の当該債権者に対応する金員を,それぞれ仮に支払え。

二  債権者らのその余の申立てを却下する。

三  申立費用はこれを10分し,その3を債権者らの負担とし,その余を債務者の負担とする。

事実及び理由

第一申立て

一  債権者らの求める裁判

(主位的申立て)

1 債権者らが債務者に対し,労働契約上の地位にあることを仮に定める。

2 債務者は,債権者らに対し,平成11年12月11日から本案判決確定に至るまで,毎月28日限り,それぞれ別紙賃金目録Ⅰ欄の当該債権者に対応する「合計額」の金額の割合による金員を仮に支払え。

3 申立費用は債務者の負担とする。

(予備的申立て)

1 債権者らが債務者に対し,雇用契約上の地位にあることを仮に定める。

2 債務者は,債権者らに対し,平成11年12月11日から本案判決確定に至るまで,毎月28日限り,それぞれ別紙賃金目録Ⅲ欄の当該債権者に対応する「合計額」の金額の割合による金員を仮に支払え。

3 申立費用は債務者の負担とする。

二  債務者の求める裁判

1  債権者らの申立をいずれも却下する。

2  申立費用は債権者らの負担とする。

第二事案の概要

本件は,債務者の従業員である債権者らが,整理解雇に名を借りてした債務者の解雇は,その要件はなく,債権者らの組合活動を排除するために解雇権を濫用したものであるから無効であるなどと主張して,従業員の地位の仮の確認及び賃金等の仮払いを求めた保全事件である。

一  基礎となる事実(争いがない事実(特に証拠を掲げない。)及び各事実に後掲した証拠により認定できる事実)

1  債務者は,昭和38年に設立された,歯科補綴物及び模型の製造並びに販売等を業とする株式会社で,従業員総数100名以上の,新潟県内では最も多くの歯科技工士を雇用する会社であり,新潟県上越市,長野県諏訪市,長野市,東京都に営業所を有している。また,債務者には,沖歯科要材株式会社(代表取締役川島孝昭),東伸洋行株式会社(代表取締役川島孝昭)等人事交流を有する会社がある。

2  債権者有沢信廣(以下,「債権者有沢」という。)は昭和38年12月に,債権者阿部守(以下,「債権者阿部」という。)は昭和63年4月に,債権者西澤健治(以下,「債権者西澤」という。)は平成7年10月に,債権者原博文(以下,「債権者原」という。)は昭和47年9月に,債権者丸山好子(以下,「債権者丸山」という。)は昭和46年4月に,債権者若杉孝志(以下,「債権者若杉」という。)は平成9年7月に,それぞれ債務者と期間の定めのない雇用契約を締結した債務者の従業員であって,いずれも歯科技工士である。

債権者有沢は,債務者において主にクラウン(歯に詰めたり,覆ったりする補綴物)の製作業務に従事し,平成11年4月から共同作業班に所属して模型製作をしていたが,同年7月からは,全労連・全国一般新潟地域労働組合(以下,「組合」という。)沖歯科工業分会(以下,「組合分会」という。)の分会長を務めていた(〈証拠略〉)。

債権者阿部は,債務者において当初生産部クラウン課に属し,平成10年1月からは生産部ポーセレン課(磁器の原料となる鉱物を使った補綴材を製作する部署)に異動し,平成11年10月からはクラウン課に戻っていたが,同年4月からは,組合分会の副分会長を務めていた(〈証拠略〉)。

債権者西澤は,債務者において当初生産部ポーセレン課に属し,平成9年1月中旬に生産部有床課(患者が取り外しできる義歯を製作する部署)に異動したが,同年4月下旬にポーセレン課に戻り,その後,生産課デンチャーグループ有床部門,クラウングループポーセレン,生産課デンチャーグループ有床部門と異動したが,平成11年2月ころから,組合分会副分会長を,同年7月からは同書記長を務めていた(〈証拠略〉)。

債権者原は,債務者において当初生産部有床課に属し,平成2年1月ころから有床課共同作業班に移ったが,平成10年3月から組合分会役員(会計担当)を務めていた(〈証拠略〉)。

債権者丸山は,債務者においてアクリル(レジン)床義歯(合成樹脂に人工歯を埋め込んだ義歯)の製作業務に従事し,昭和51年ころからレイニング床義歯(同じく有床義歯のうちポリスルホン樹脂を使用するもの)の製作を並行して行うようになり,平成10年1月から共同作業班に移って,アクリル床義歯の埋没,重合,取り出し作業を行っていたが,その間の同年4月からは組合員となった(〈証拠略〉)。

債権者若杉は,有床課に属した後,平成10年3月ころ共同作業班に移り,アクリル床義歯の埋没,完成,重合,取り出し作業を行っていたが,その間の平成11年10月から組合員となった(〈証拠略〉)。

3  クラウンとは歯冠部に被せる補綴物で,一旦口の中にセットすると患者本人では取り外しできない固定的な義歯であり,材質や作業内容により,フルキャストクラウン(FCKと略し,歯全体を鋳造した金属で被覆する補綴物。全部鋳造冠ともいう。),硬質レジン前装冠(硬レ前装と略し,硬質レジン(合成樹脂類)を使って前歯など外から見える部位の歯にかぶせるための白い補綴物)等,さらに,ポーセレン(天然歯色の陶材を使った補綴材で,金属やレジンより見た目が良く摩耗しにくいが,衝撃に弱く保険対象外で高価なもの)の各種類がある。

デンチャーとは患者が取り外しできる義歯(入れ歯)であり,使用する材料や補綴する部位によりアクリル(レジン)床等があるが,作業工程としては,有床(歯科医から預かった石こう模型をワックスの歯形と共に咬合器に装着し,人工歯を並べて(配列),ワックスで歯肉を形成して(形成)模型を製作し,石こうに埋没させたうえ(埋没),丸ごと熱湯に入れてワックス部分を溶かし出したあと,アクリルレジンを詰め込み加熱して(重合),石こうから義歯を取り出す(取出し)作業)と,鋳造(有床義歯の一部となる金属床と維持装置を製作する作業)がある。

そして,通常の歯科技工においては1人の技工士が1個の技工物の全行(ママ)程を行うが,債務者では,作業の能率をあげるため,右各製作作業の工程のうち,クラウンの模型製作(技工作業前に歯形を加工する。),デンチャーの埋没,重合,取出し等の作業については,複数人が複数個を一括して同時に作業する,共同作業班をおいていた。(以上,〈証拠略〉)

4  債務者では,賃金の計算期間を当月1日から当月末日までとし,当月分の賃金を当月28日に支払うものとしている(〈証拠略〉)。

5  各債権者の平成11年5月分までの月額給与額は,それぞれ,別紙賃金目録Ⅰ欄記載のとおりであった。

6  債務者は,平成11年11月29日,従業員説明会を開催して歯科技工士の内7名を整理解雇すると予告し,同年12月10日,債権者ら6名に対して解雇する旨意思表示し(以下「本件解雇」という。),それぞれに平均賃金の2か月分の手当を支給した。

7  債務者は,本件解雇後,債権者らの労働の提供の受領を拒絶している。

二  主たる争点

1  本件解雇の効力

2  基本給等の金額

3  保全の必要性

三  債権者らの主張

1(一)  本件解雇は,債務者による,従業員への未払いの時間外賃金を支払わせる等の成果を残した組合分会に対する敵視の現れであって,その組合員に対してなされた不利益取扱い(労働組合法7条1号)で不当労働行為であり無効である。

すなわち,債務者は,平成10年3月21日債権者原に解雇を,債務者従業員中島敬子(以下「中島」という。),同田中和美(以下「田中」という。)及び同畑野美也子(以下「畑野」という。)に歯科技工士補助から清掃員に職務変更する旨の通告をしたが,同月15日右債権者原らが組合に加入して組合分会が結成され,団体交渉がなされた結果,同月27日に債務者が,右解雇及び職務変更を撤回したこと(第1次解雇撤回闘争),就業規則の内容の明確化,組合員に対する不当な干渉・差別扱いをしないこと,時間外労働手当の支給,有給休暇付与日数と利用残日数の明確化など8項日の要求をして従業員の経済的地位の向上に努めたこと,組合分会が,同年7月29日,新潟労働基準監督署に調査を申し入れたりし,労働基準監督署が,同年9月分から同年11月分までの未払分を支給するように勧告し,平成11年1月28日に右未払分約1000万円を支払ったこと,更に,債務者が同様に残業手当を支払わなかったので労働基準監督署の勧告を受けて,同年11月28日に平成10年12月分から平成11年5月分までの合計約1500万円を支払うなど組合分会が成果を残したこと,以上の経過の中で債務者は組合分会を敵視するようになり,組合分会の初代分会長中島に出向を命じ,これを拒絶すると退職を強要して,平成10年3月末に退職を余儀なくさせたり,第2代分会長田中にも同様に平成11年7月末に退職を余儀なくさせたり,また団体交渉を事実上拒否したり,給与体系を変更することで組合活動を切り崩そうとするなど組合分会を敵視した不当労働行為を繰り返してきたものであって,本件解雇の対象が全員組合員であること,組合分会役員4役(組合分会長,副分会長,書記長,会計担当執行委員)もそろって対象となっていること,平成11年11月28日に未払残業手当の支給をした翌日に本件解雇の方針を打ち出していること,さらに,本件仮処分手続中である平成12年6月30日にも,組合に何らの事前協議もなく一方的に就業規則の改定を通告し,従業員の代表者を指名しているのは労働組合の団結権を侵害する不当労働行為であって,債務者の組合活動敵視の態度は明らかであり,以上の事実などから,本件解雇が不当労働行為であることは明らかである。

(二)  本件解雇は,前記主張のとおり,組合分会による労働基準監督署に対する申告という,正当な行為に対する報復としてなされたものであるから,労働基準法104条2項により無効である。

(三)  本件解雇は,客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することはできず,解雇権の濫用であって無効である。すなわち,前記のとおり,債権者原や前記中島及び田中らに対する退職強要により組合活動を著しく困難にさせたり,平成11年2月16日から同月19日かけて,組合分会への加入の有無を個別に呼び出して問いただしたり,団体交渉も繰り返し拒否したり,開催しても時間外手当の支給を拒否するなど不誠実な交渉姿勢に終始した。また,給与体系の変更は個々の従業員の同意もなく,一方的に押し付けることは違法行為である。

この点で,債務者は,本件解雇が整理解雇であると主張するが,整理解雇が認められるためには,人員整理の必要性,整理解雇回避の努力,解雇する労働者を選定する際の選定の合理性,解雇手続の相当性の4つの要件をいずれも満たさなければならないが,本件解雇はいずれの要件も満たしていない。すなわち,

(1) 経営上の人員整理の必要性は,人員整理を行わなければ倒産必至という客観的事実があり,その人員整理が合理化の最も有効な方法であることが必要であって,平成11年3月31日の決算で経常利益が4000万円を超える黒字となっていること,平成11年9月末において流動資産約3億5000万円,負債約3億9000万円の差額は約4000万円に過ぎないこと,約4億4000万円の固定資産を有し,資本金1200万円及び剰余金約3億9000万円の合計約4億円の内部留保を有していること,さらに,平成11年4月に歯科技工士3名を新規採用している事実からすれば,債務者に人員整理を行わなければ倒産必至という状態がないことは明らかである。

そして,経営状況を分析するときには,経常損益を基に判断すべきであって,平成8年9月1日から平成9年3月31日まで及び平成9年4月1日から平成10年3月31日までの決算期を除いて,恒常的に経常利益を計上しており経営状況は極めて良好である。

この点,製造原価と比較して一般管理費や,車両費等の販売費及び一般管理費が過大であったり,債務者従業員が明倫短期大学,東伸洋行に出向しているが,これらの者の賃金を債務者が支払い,その労務により出向先企業が利益を得て賃金相当額を営業外収入としていることから,営業損失を出していても一概に債務者の経営状況が危機的とは言えず,むしろ債務者は潤沢な自己資金で安定した経営をしてきたといえる。

自己資本比率も債務者と同規模の会社の全国平均が24.6パーセントのところ,債務者は約56パーセント(平成9年4月1日から平成10年3月31日までの決算期)であり安定度は極めて高く,運転資金月商売率(企業の現金,預金を月売上高で除した数値)も同様に全国平均2か月分弱のところ約5か月分である2億3900万円(平成10年4月1日から平成11年3月31日までの決算期)もの現金・預金を有している(同様に平成11年4月1日から平成12年3月31日までの決算期においては約4か月分である。)。また,長期借入金が減少し,債務と流動資産の金額もほぼ同じであって容易に自己資金で経営を行うことは可能であるなど経営状態は悪くない。

そして,無資格技工士問題(歯科技工士の資格がない者が歯科技工物の製作に関与することが違法とされたこと。以下「無資格者問題」という。)も,明倫短期大学2年の生徒に歯科技工をさせて販売,利益を得ているのであって,これにより経営状況が悪化してはいない。

(2) また,債務者は,相当期間の熟慮期間を設けて希望退職者の募集をしたり,関連企業で余剰人員の吸収を図ったり,また,一時帰休をさせたり,新規採用を中止するなどの解雇回避のための努力を怠っている。

債務者は,歯科技工士の配置転換,グループ再編成を行ったとするが再建策として意味がない。

(3) そして,解雇する労働者の選定について,債務者の基準自体が不明確で,不合理であるし,その適用においても客観的合理的基準がない。

債権者有沢は,クラウン工程の共同作業班の一員として模型製作を,債権者原,同丸山及び同若杉はデンチャー工程の共同作業班の一員として稼働していたが,共同作業班については個人作業に比べ点数が著しく低くならざるを得ないように設定されており不合理である。

そして,債務者は,共同作業班に所属していた11名の内,田巻藤義,堀内邦弘,成田由紀夫,小池修,山崎潤二,星至及び金子真之の合計7名について,整理解雇する方針を発表した直後に,生産部共同作業グループというグループを設けてこれに配属させて本件解雇の対象からはずしたが,右7名はいずれも非組合員であることからすれば,右生産部共同作業グループは非組合員の救済機関であり,本件解雇は組合員を排除する目的であったことは明らかである。

なお,債務者は,債権者若杉が組合員であるとの認識はなかったと主張しているが,平成11年6月18日に給与改定に反対する者の氏名を明らかにした申入書(但し,非組合員の氏名もあるが債務者は氏名が記載されている者は組合員と受け止めたと考えられる。)に債権者若杉の氏名が記載されているほか,給与改定通知書に個別の署名,押印を求められた際,これを最後まで拒んだのは,債権者若杉や同西澤ら7名に過ぎなかったことから,債務者は,債権者若杉を組合員と認識していたものである。

また,債権者西澤は平成7年10月に入社以来,もっぱらクラウン工程のポーセレン担当であったところ,平成11年4月にデンチャー工程の有床担当に配置転換されその2か月後に,また,債権者阿部は昭和63年4月に入社以来,一時期の出向を除きクラウン工程のクラウン担当であったところ平成10年1月にポーセレン担当に配置転換されその1年数か月後に,それぞれ新給与体系が適用されたものであって,いずれも不慣れな技術習得の最中であることからすれば評価が低くなるのは当然であって,債務者の主張する基準で新入社員や入社2年目のものを除外していることに照らしても右債権者両名を同様に処遇しなかったのは著しく不合理である。

また,債務者主張の基準では所定時間内の製作点数が問題となる。組合では実退勤時間にタイムカードを押すように決定し,組合員はこれに従っていたが,いわゆるサービス残業をすれば製作点数が上がるしくみとなっており,この基準自体が著しく不合理である。

また,債権者らについて平成9年度上半期と平成11年度上半期を比較するとマイナス62.1パーセントと著しく低下している例もあるなど,2ないし3年程度の期間を平均して検討するならまだしも,わずか半年間の製作点数だけを取り出して製作能力の有無や程度を判断することは全く合理性がない。

新入社員及び入社2年目の者を除外しているのも,歯科技工士が職人的技術を有し熟練した歯科技工士が必要であることから公平とは言えないし,チーフやサブチーフを除外しているのも,部下への技術指導もしない者や,部下の信頼も薄い者がおり,一律に除外するのは不合理である。

(4) 組合分会と何らの話し合いもなく,平成11年12月3日に開催された団体交渉においても組合分会の質問に何ら答えないで,その1週間後の同月10日に本件解雇を行っている。

債務者が従業員代表と指名した神田俊昭,古沢康仁及び篠澤純子は,平成11年11月29日の説明会において,債務者から名をあげ,従業員から多少の拍手がなされることにより従業員代表となったもので,いずれもチーフないし業務課長であることからも,その適格性に疑問がある。

2  債権者らの賃金は,それぞれ平成11年5月分までは別紙賃金目録Ⅰ欄のとおりであったが,平成11年6月28日,同年11月28日と二度にわたり,一方的に切り下げられた。これは未払時間外手当の支払いを余儀なくされたことの報復としてされた不当労働行為で,また,組合が団体交渉を申し入れても抽象的説明に終始し,資料を提供して給与体系の変更がなぜ必要か,なぜそのような給与体系になるかについて具体的説明を行わないまま給与体系の変更を行っており誠実交渉義務違反があり,また,個々の労働者の同意を得たとするが,呼び出しを執拗に行い同意書に署名させたものであって,団結権の侵害ないし支配介入であり不当労働行為であって,既得権の侵害であるから,賃金切り下げは無効である。

よって主位的に別紙賃金目録Ⅰ欄の合計額記載の各金員を,仮に賃金切り下げが無効でないとしても,同目録Ⅲ欄の合計額記載の賃金の仮払いを求める。

3  債権者らは,本件解雇により,従業員の地位を否定されて就労の機会も奪われ,これにより,多大な精神的苦痛を被り続け,また,職業経歴蓄積の機会等も奪われている。これらの不利益は,本案判決を待っていたのでは回復は困難であり,直ちに原職復帰する必要がある。また,債権者らが健康保険の被保険者資格を失うことは大打撃であり,賃金仮払いの他に労働契約上の地位保全の必要性がある。

四  債務者の主張

1(一)  債務者が,平成10年3月,中島に,平成11年4月,田中及び畑野にそれぞれ行った配置転換の打診は,平成8年度以来,無資格者問題への対策のため合計33名の異動を漸次行ってきた一環であり,右田中らに対して退職強要の事実はなく,いずれも希望退職したものであるし,そもそも組合分会結成前に打診をしていたもので組合分会長であることを理由としたものではない。

また,本件解雇の対象者の選択基準とした点数制度は,作業内容や工程により点数を細かく決定したもので,昭和50年ころから実施されており,再三従業員に対して説明してきたもので,工程リストを備えおいて閲覧に供し,これまでに作業内容や形態と点数とが不合理なときにはその都度内容の変更を加えて客観的に設定したものであって,組合を敵視して本件解雇を行ったものでは決してなく,不当労働行為ではない。

(二)  労働基準法第104条2項違反の主張は否認ないし争う。

(三)  本件解雇は整理解雇に該当し,有効である。債権者らは解雇権の濫用であると主張するが,前記のとおり,中島や田中らへの退職強要などなく,希望退職であるし,また,団体交渉も逐一誠実に行っている。

そして,従業員への給与額が変わったのも,債権者らが主張するような給与体系の変更ではなく,労務費の縮小と労働能力の適正な評価のための基本給額の調整であって,就業規則の規定に従って能力及び勤務内容を重視したに過ぎないものであり,組合分会の切り崩しなどない。その具体的基準の適用に至るまでも,平成11年5月19日にサブチーフから各歯科技工士に給与基準表を配布して説明しているし,そもそも,基準自体は昭和57年ころから残業認定に使用していたもので歯科技工士が共通認識していた基準であるし,歯科技工士全員に対する説明を繰り返し行っており,歯科技工士74名全員の内,債権者阿部及び同丸山を含む67名(90.5パーセント)も承諾している(労働組合法17条で労働協約の適用について4分の3以上を基準としているのと同様に解釈すべきである。)もので,一方的な押し付けでもない。

また,整理解雇については,債権者らが主張するような確定した判例法理はなく,いわゆる4要件のすべてを満たす必要もなく,さらには,人員整理の必要性並びに整理解雇の基準の合理性及び基準適用の合理性の要件については,その不合理性について労働者側が主張,立証責任を負うべきである。

(1) 歯科技工士業界全体でも値下げ競争の激化で商品単価及び利益率の低下等が見られるし,債務者としても,受注及び売上げが減少し,平成7年度以降は大幅な欠損を出すに至っており経営は危機的状態に陥っていて,人員削減の必要性はあった。

(2) そして,債務者は,平成8年3月31日パートタイマー20名を東伸洋行株式会社に,また,同年1月以降平成11年8月まで合計5名の正社員を沖歯科要材株式会社に転籍させたり,また,作業能率及び技術の向上を図るため課を再編成したり,大阪支社及び名古屋支社の廃止,東京支社の規模縮小などを行い,労務費の削減のために,平成11年5月19日には製作点数に基づく給与体系表,自己申告要旨及び基本給基準表を交付し,基本給額の見直しを通知(なお,これにつき歯科技工士74名の内67名が承諾し,債権者阿部及び同丸山も承諾した。)するなどしている。また,平成9年6月26日から平成10年3月12日までの間に歯科技工士のパート10名を募集したが1人も応募がなく,また,平成10年10月22日から平成11年1月6日までの間,同様に5名のパートを募集したが1人の応募もなかったもので,歯科技工士の退職者や無資格者の技工助手の補充等について新規採用によらない方策を採ろうと努力していたなど多岐にわたって解雇回避のために努力を尽くしている。

(3) 整理解雇基準の合理性及び基準適用の合理性についても判例,学説は区区に別れており,整理基準に違反する解雇をそのことだけで無効とすることは出来ないとする裁判例もあり,整理基準は人選の内部的目安とする意味を有するに過ぎず,仮に該当性の判断を誤っても解雇が無効とならない。

そして,債務者は,歯科技工士に関しては,平成11年4月から同年9月までの製作実績において,著しく製作能力の低いものであって,所定時間内製作点数が1600点未満であり,かつ,目標達成率が70パーセント未満の者(但し,課長,チーフ,サブチーフ,出向者,新入社員,入社2年目,産休明けの者を除く。)との客観的かつ合理的な基準をあらかじめ従業員に示した上で,右要件に該当した者の内,所定時間内製作点数の低い者から順番に選択した結果,債権者らが本件解雇の対象となったものである。

債権者らは共同作業では点数に差が生じないし,点数が上がらないと主張するが,共同作業班に属する歯科・技工士数名がそれぞれの作業を個別に行うのであり製作個数には差異が生じるし,共同作業で行う作業が終了したり,手をかけなくても良い時間に個人作業を行えば製作点数が加算されることとなり,共同作業でも製作点数に差異が生じないということはなく,また,共同作業班に属する山崎潤二の平成11年上半期所定時間内製作点数は1679点,星至のそれは1631点であり,共同作業であるから点数が上がらないということはない。

更に,新共同作業グループ(生産部共同作業グループ)も,共同作業の歯科技工士間及び共同作業と個人作業の連携を考慮し,協調性があり,責任感が強い7名を選択して配属したもので,債務者は,右7名が組合員か非組合員かを知らなかったのであり債権者らの主張には理由がない。

そして,債権者西澤は昭和58年から平成7年まで歯科医院に勤務し,その間有床義歯の製作も経験しているし,平成9年暮れから平成10年4月まで,及び平成10年11月10日以降も有床を担当しており初心者でも,不慣れでもない。また,債権者阿部も,クラウンを担当していた平成4年1月から平成10年1月までは硬質レジンの製作に従事しており,平成10年1月以降に担当していたポーセレンとは盛り付ける材質が異なるだけで製作方法は基本的に同一であり,ポーセレン担当となってからも1年数か月を経過していたのであるからポーセレンの製作に不慣れであったということはない。

そして,平成11年4月から9月までの半年間の製作実績のみで判断している点も,平成11年2月12日から2月18日までの歯科技工士の個人面接で持ち点数や実績,技工士の製作実績による結果に基づき給与を支給することを検討していること等を説明し,同年6月の個人面接で,同年5月に配布した各自の点数は平成9年4月1日から平成11年3月31日までの製作実績に基づくもので,かつ残業見込みであることを説明していたので,各技工士は右説明を理解して,平成11年度上半期において製作実績を上げるべく努力したのであり,右システム導入後は能率アップと再製作減少の目標を意識して取り組んだ結果であり,右システム稼働前のデータを単純に比較することは適当ではないし,平成9年度上半期ではパートタイマーや助手等の製作点数も計上されているなど過去の点数を単純に比較することは適当でない。

(4) 解雇手続についても,解雇の正当性の判断あるいは解雇権の濫用の判断等における固有の法律要件ではなく,付加的な事情の1つであるが,債務者は,平成11年4月から同年5月まで従業員説明会を開いて給与基準表を配布し,点数制度を説明した上で,同年11月29日全従業員に対し,指名解雇せざるを得ないこと及び前記整理解雇の基準を説明した上で,同年12月4日及び同月6日に従業員代表者と整理解雇基準について具体的適用結果について検討し,債権者ら6名に確定したもので,組合も,同年12月3日の団体交渉の場において,整理解雇基準を明示していたことを認めていたものである。

神田ら従業員代表の選出も,平成10年9月24日の従業員代表選出会議において満場一致で選出されて代表者としての活動をしていたもので,平成11年11月29日に初めて指名されたものではない。なお,篠沢は業務係長の誤りである。

2  賃金の変更は必要かつ合理的な基本給額の調整であって,不当労働行為でもなく有効である。債務者の従業員である歯科技工士全74名の内67名(90.5パーセント)は承諾しているところ,「一の工場事業者に常時使用される同種の労働者の4分の3以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるに至ったときは,当該工場に使用される他の同種の労働者に関しても当該労働協約が適用される」と規定する労働組合法17条と同様に解釈するべきであって,個々の従業員の同意は必要ではない。

3  賃金仮払い仮処分は,満足的仮処分であり,仮払いを命じられる金員が解雇前の支給額と同額で期間も限定されていなければ債権者の受ける満足度は本執行と異なることはないのであるし,本案判決で債権者が敗訴しても事実上は仮払いをした金員の返還を求め得ない危険があることからすれば終局的でさえあり,その必要性は高度の疎明が必要で,仮に必要性が認められるとしても,仮払金額及び仮払期間を限定し,金額については少なくとも技工手当,通勤手当及び家族育児手当の仮払いの必要性はなく,期間についても解雇後潜在的労働力の活用が図られるまでの必要な期間に限られるべきであって,6か月ないし1年くらいに止め,その都度必要性,程度につき見直すことが必要である。

また,労働者の雇用契約上の権利の中核をなすのは賃金債権であって,賃金債権が強制執行可能な賃金仮払い仮処分によって保全される以上は雇用契約上の他の権利があったとしても原則として保全に値せず,地位保全仮処分を賃金仮処分と別に認める必要性はない。

第三争点に対する判断

一  本件解雇の効力(不当労働行為ないし解雇権の濫用(整理解雇)について)

1  前記争いのない事実と各事実に後掲した証拠並びに審尋の全趣旨によれば,以下の事実が一応認められる。

(一) 社会的背景

徳島県内の歯科補綴物の製造,販売等を行っている株式会社が歯科技工士の資格のない者を歯科医療の技工業に携わらせているとして(歯科技工士法17条違反の疑い)強制捜査が開始されたことが,平成8年11月18日,新聞紙上で報じられ(無資格者問題),他方で,平成9年9月の医療制度改定後,歯科全体の医療費及び受診率は減少傾向にあり,歯科技工業界全体の競争が激化していた(〈証拠略〉)。

(二) 無資格者問題への対応

債務者においても,歯科技工士の資格のない者が歯科技工士と共同して稼働していたこともあって,無資格者問題を解決するために,債務者は,平成9年1月20日,生産部に所属していた無資格の正社員合計8名(中島,畑野を含む。)を営業部,営繕課及び歯有会歯科技工技術専門学校実習準備室へ,無資格のパート1名を資材課へ配置転換し,更に,無資格のパート合計10名を東伸洋行株式会社に転籍させ,更に平成9年4月にも無資格の正社員1名を沖歯科要材株式会社に転籍させた。

さらに,債務者は,平成10年3月1日,無資格の正社員合計7名(中島,田中及び畑野を含む。)に配置転換の打診を行ったり,また,債権者原には営業部への配置転換を打診し,右7名中中島ら5名は,同月31日退職したが,田中,畑野及び債権者原は右配置転換を受け入れなかった。

また,債務者は,平成10年4月1日には無資格の正社員1名を沖歯科要材株式会社に転籍させ,平成11年4月1日には無資格のパート3名を東伸洋行株式会社へ転籍させたが,同日,無資格の正社員田中及び畑野に資材課清掃係への配置転換を打診したが受け入れられなかった。(以上,〈証拠略〉)

(三) 債務者の経営状況

債務者の財務状況について,純売上高の月額平均額は,平成4年度に7300万0712円であったが,その後減少し続け,平成11年度上半期(平成11年4月1日から同年9月30日まで)には4417万3152円にまで落ち込み,それに伴い営業損益の月額平均額は,平成4年度に805万8725円の利益を上げていたのが,平成7年度(平7年4月1日から平成8年3月31日まで)に175万6733円の損失に転じ,平成10年度(平成10年4月1日から平成11年3月31日まで)には1322万3652円にまで損失が膨らみ,平成11年度上半期には多少回復したものの1038万5782円の損失となった。そして,平成11年度(平成11年4月1日から平成12年3月31日まで)の販売費及び一般管理費総額2億6130万6759円の内,役員報酬が872万7000円,販売員給与が8174万0578円,事務員給与が4225万3203円,賞与が1409万4090円であるのに対し,同年度製造原価合計3億9847万7317円の内,生産部賃金2億2851万7473円,生産部賃金(パート)105万4080円等労務費合計額が2億8549万3924円を占めており,従業員数も,歯科技工士は平成5年度末に59人であったのが無資格者問題を受けてほぼ微増を続け,平成11年度末には73人となっている一方,歯科技工士以外の従業員は平成5年度末に合計87人だったのが,平成11年度末には45人とほぼ半減した。(以上,〈証拠略〉)

なお,第35期(平成10年4月1日から平成11年3月31日まで)決算において,4292万8465円の経常利益を上げているが,これは当該年度にのみ2億円を超える一時的な雑収入があったために過ぎず,本務である補綴物の製作,販売による利益ではなく(〈証拠略〉),この経常利益を大きく考慮することはできない。また,運転資金月商売率が債務者と同規模の会社の全国平均(2か月より少ない)より高いこと(約4か月)が認められるが(〈証拠略〉),債務者のような労働集約型産業の資金繰りが安定していることを直ちに示すものとはいえない。(〈証拠略〉)

したがって,債務者の財務状態は芳しくなく,また,債務者の財務状態において歯科技工士に対する労務費が収支不良の一因となっていた。

(四) 経営改善への努力

債務者は,人件費削減のため,前記の転籍等を含め歯科技工士以外の従業員数を42名減員したり,平成10年10月1日には,4課あったところを2グループに再編成して作業能率及び技術の向上や製作率の平均化を図ったり,平成11年1月から3月には3棟の作業場で作業していたのを1棟の生産棟に移転統合して各作業の資材調達の効率化を図ったり,また,平成10年6月には大阪支社及び名古屋支社を廃止して販売管理費及び人件費を削減したり,東京支社の規模を縮小するなどして経営の合理化に努め,また,役員9名の報酬を20パーセント,管理職14名の基本給を5パーセント削減するなど経費節減と財務状態の改善に努めた。(以上,〈証拠略〉)

そして,平成11年4月に歯科技工士3名を新規採用したことは,本件解雇と一見矛盾するかのようであるが,平成10年5月ころから平成11年3月末にかけて合計7名の歯科技工士の欠員が生じたほか,その当時4名の歯科技工士が長期病欠や産休及び育児休業をとっており補充の必要があるのに,平成10年10月及び同11年1月に時間給で募集した歯科技工士には応募がなかったことから,新規採用されたものであった。(以上,〈証拠略〉)

(五) 組合分会の結成及び団体交渉

中島及び田中は,平成10年3月11日に職務変更の打診を受けたことに納得できず,組合に相談し,同月15日,右中島が組合分会長となって,田中,債権者原,畑野ほか1名とともに組合分会を結成した。(〈証拠略〉)

そして,同月27日に団体交渉が行われ(第1回),組合分会は,右打診を退職強要だとして争ったことから,債務者は,これを撤回した。

その後の団体交渉は,組合分会の同年4月20日及び5月9日の申し入れに応じて,同年5月18日(第2回)に行われ,組合分会からは,就業規則の内容や時間外労働手当の支給について8項目にまとめた要求項目を掲げて話し合いがもたれた。同年7月15日(第3回)には,組合分会から時間外労働管理体制や作業場の換気,清浄装置の設置や休憩室の設置,組合掲示板の設置や会議室の利用等を要求項目として掲げて交渉がもたれた。(以上,〈証拠略〉)

(六) 未払時間外労働手当の不払いと支給

組合分会は,債務者が時間外労働手当を支給しなかったことを債務者との交渉項目に掲げて交渉していたが,両者の見解になお隔たりがあったことから,組合分会は,平成10年7月29日,新潟労働基準監督署に調査をするように申し入れた。同年8月6日,債務者は,労働基準監督署の係官2名により調査を受け,時間外手当の支給実態について説明したが,これを支給することはなかった。

そうしたことから,組合分会は,同年11月20日,再度新潟県労働基準監督署に対し,時間外労働の実態を調査して労働基準法違反の状態を是正するように申し立て,債務者は,労働基準監督署に対し,改めて賃金体系についての説明をしたが,労働基準監督署から,是正勧告と指導を受け,平成11年1月28日,平成10年9月分から同年11月分の3か月分の時間外手当の未払分合計946万0600円を従業員に支払った。(以上,〈証拠略〉)

(七) 債務者と組合分会の団体交渉

平成10年9月10日及び同年10月9日の申し入れに応じてなされた同年10月29日の団体交渉(第4回)においては,田中及び畑野の配置転換の是非について話し合いがもたれたが,決着がつかなかった。

そして,組合分会は,同年11月10日,さらに同年12月22日に団体交渉の申し入れを行い,平成11年2月23日,団体交渉(第5回)がもたれた際,組合分会は,この時点での未払時間外手当の支給予定や,同年2月16日から19日にかけて行われた個人面接において組合加入の有無を聞きだそうとしたとして,これが不当労働行為にあたると主張したりした。その際,債務者は,同年4月から歩合制の導入をしようと検討していると伝えた。

同年4月14日の団体交渉(第6回)では,時間外労働手当の不払い,田中及び畑野の配置転換などについて話し合いがもたれたが,双方の主張は平行線をたどった。

同年5月15日の団体交渉(第7回)においては,債務者は,それまでの間に行われた債務者と労働基準監督署との話し合いの結果,給与体系を変更して歩合制を導入することはないと伝えた。(以上,〈証拠略〉)

(八) 給与支給基準の変更

債務者は,平成11年5月19日,「給与体系に関するお知らせ」と題する書面(〈証拠略〉)により,歯科技工士の給与に関し,所定時間内での作業量を評価した基本給と残業の場合はこれに時間外手当を支払う形式に変更し,合わせて歯科技工士各自が午前8時30分から午後5時まで(休息時間1時間)にどれだけの製作ができるかを自己申告するように通知し,同年7月28日から新給与を支給する旨通知した。その内容は,基本給基準表においてレジン床,Co-Cr床(コバルトクロム床。有床義歯のうちコバルトクロムを使用素材とするもの),FCK,鋳造鉤(局部床を両隣の歯に引っかけて固定する際に使用する鉤状のもの),硬レ前装,MB(メタルボンド。ポーセレンと同義。)と作業内容ごとに製作点数から点数に換算され,この点数を月ごとに算定して基本給を定めるというものであって,基本給の計算方法としては総製作点数÷総作業時間数×7.5時間×22.5日の計算上得られる点数と基本給基準表に照らして決定するものであった。(以上,〈証拠略〉)

そして,債務者の課長,チーフ,サブチーフは,同日,給与支給基準の変更のために必要な作業量の自己申告を行ってもらうために,歯科技工士に対し,説明を行ったが,組合分会は納得せず,同月28日,給与支給基準の変更を同年6月に実施しないように申し入れた(〈証拠略〉)。

それでも,債務者は,平成11年6月4日ころ,右基準に基づき計算した給与額を,従業員らに通知した(〈証拠略〉)。

右状況の中で,同年6月10日に行われた団体交渉(第8回)では,右給与支給基準の変更の件が話し合われたが,組合分会は,事実上の給与の引き下げにつながるとして反対する一方,債務者は,歯科技工士各自の能率を点数化することで債務者を立て直そうとしているので再検討する必要がないと回答し,両者の主張は折り合わなかった(〈証拠略〉)。

(九) 新役員体制と団体交渉

債務者においては,平成11年6月27日,代表取締役に川島孝昭,取締役に佐藤博行(以下,「佐藤取締役」という。)が選任され,他方,組合分会においても,同年7月20日に新役員が選出された。

そして,同年7月23日行われた団体交渉(第9回)には,組合側から久保田隆組合執行委員長,市川和子新潟県労連副議長,更に,右で選出された組合分会長の債権者有沢,同副分会長の債権者阿部,同書記長の債権者西澤,債権者原ほか1名が出席して新役員の名簿を提出し,債務者側からは佐藤取締役と萬歳英二郎専務取締役が出席して,給与支払基準の変更や未払時間外手当,歯科技工士の所属する生産課にのみ定期昇給がなかったこと等について話し合われたが,決着をみなかった。

同年9月3日の団体交渉(第10回)においては,前記のとおり支給された3か月分以降のさらなる未払時間外手当,定期昇給等について話し合われたが物別れに終わった。(以上,〈証拠略〉)

(一〇) 債務者の再建計画の発表と実行

債務者の川島代表取締役は,平成11年11月22日,従業員説明会を開催して,4期連続赤字を計上していること等から,歯科技工士の配置転換,役員報酬20パーセント及び管理職基本給5パーセントの各削減,歯科技工士の属する生産部の給与支給基準の変更及び希望退職者を募り,これが予定数に満たない場合は整理解雇も辞さないが,整理解雇基準は希望退職者の募集を締め切った段階で提案するとして再建計画を説明した。債務者は,同日,再度前記給与の支給基準による給与額を各従業員に通知したが,債権者らの額面は別紙賃金目録Ⅲ欄記載の各額面であった。

そして,債務者は,右計画に基づき,同年11月26日,共同作業グループを新たに設置し,従来,共同作業班に所属していた者の内合計7名をこれに所属させたが,右7名はいずれも,少なくとも,団体交渉に出るなど債務者にとって明らかに組合員であると判明している者ではなく,逆に,共同作業班から共同作業グループに異動がなかったのは,いずれも組合員である,債権者有澤(ママ),同原,同丸山及び同若杉であった。

また,債務者は,同日,役員報酬を削減し,更に同月28日には,右の通知どおりの新給与の支払い等を実施した。(以上,〈証拠略〉,審尋の全趣旨)

(一一) 未払残業手当の支払い(2回目)と本件解雇に至る経緯

債務者は未払時間外手当について3か月分を支払うにとどまっていたので,組合側から,同年11月20日,再度新潟労働基準監督署にその改善を申し入れたため(〈証拠略〉),債務者は,同月28日,平成10年12月から同11年5月分までの残業手当合計1411万3155円の支払いをした。

そして,債務者は,同月29日には,従業員説明会において,希望退職者が2名しかなく,なお7名の歯科技工士を整理解雇することを伝え,整理解雇基準として,歯科技工士に関しては,平成11年4月から同年9月までの製作実績において,著しく製作能力の低い者であって,所定時間内製作点数が1600点未満であり,かつ,目標達成率が70パーセント未満の者との基準を適用することを伝えた(〈証拠略〉)。

その後同年12月3日にも団体交渉がもたれ(第11回),組合側からは,給与支給基準の変更を認めないこと,年末賞与は基本給の1.5か月分を支給すること,指名解雇をしないこと等を要求した(〈証拠略〉)。

そうした中,債務者は,同年12月10日,債権者ら各自に対し個人実績表を提示して,整理解雇基準に該当すると説明し,同日,整理解雇通知を発して,本件解雇の意思表示をした(〈証拠略〉)。

(一二) 右整理解雇基準と本件解雇の人選

債務者は,前記の基準を設け,製作点数等に基づく被解雇者の選定を行っており,その基準自体は,昭和57年ころから行われていた点数制度を,歯科技工物の製作工程ごとに標準的な製作時間を定めて計量化して,所定時間内製作点数制度に改めたものである(〈証拠略〉)。

しかし,元の共同作業班の歯科技工士11人の所定時間内製作点数(平成11年4月から同年9月まで)は,最高点が1631点,最低点が1047点にとどまる一方,歯科技工士73人全員では平均点でも1582点で,最高点は3497点にもなっており,少なくとも結果として,共同作業班は相対的に低い点数にとどまっており(〈証拠略〉,審尋の全趣旨),また,千葉市歯科技工組合が作業工程の統一を図るため作業マニュアルを作成した際に計測した作業時間の平均値(〈証拠略〉)と,債務者が定めた作業工程ごとの点数配分(〈証拠略〉)を比較すると,フルキャストクラウンの作業模型製作やレジン床総義歯の埋没,重合等の債務者において共同作業とされている工程は,債務者において,相対的に低い点数配分となっているところ,共同作業班に所属していた者のうち,共同作業グループに異動しなかった4名全員がいずれも本件解雇の対象となった。

そして,債権者西澤は,平成9年1月中旬から同年4月下旬まで生産部有床課(現在のデンチャーグループ有床課)に,平成10年11月上旬から同年12月上旬まで生産課デンチャーグループに所属し(〈証拠略〉),デンチャーについて全くの未経験者とまでは言えないものの,所定時間内製作点数は平成11年4月及び5月は1400点台であるが,その後は比較的安定して点数が上がっている(〈証拠略〉)。

また,債権者阿部については,平成10年1月にポーセレン課へ異動となって1年以上経験してから本件解雇の対象となる期間を向か(ママ)え,平成4年には1年間出向して学生への技工指導までし,入社も昭和63年4月に遡り10年以上経過してはいるが(〈証拠略〉),平成11年度上半期の所定時間内製作点数は,隔月ごとに大きなばらつきがある(〈証拠略〉)。

2  前記基礎となる事実及び右認定事実を基に主たる争点について判断する。

(一) 整理解雇について

(1) 前記認定のとおりの社会的背景及び債務者の財務状態によれば,人員整理の必要性は一応認められ,債務者は,歯科技工士を除く従業員に関しては大幅に減員したり,大阪及び名古屋の各支社を廃止し,東京支社も規模縮小をし,取締役役員報酬や管理職の基本給を減額したことからすれば,債務者は,解雇回避のための努力を一定程度はしていたものと評価できる。

もっとも,本件解雇の直前における債務者の行動については,平成11年11月22日に希望退職者の募集をしたものの,その締め切りが同月27日であって考慮期間がわずか5日間に過ぎず,本件解雇前にはさらなる希望退職者の募集はしていないこと,役員報酬等の削減も解雇の意思表示の直前にしたものに過ぎないこと等から,債務者が本件解雇に至るまでの間,必ずしも適時に万策を尽くしたとまではいいがたい。

(2) 本件解雇の整理解雇基準については,課長,チーフ,サブチーフ,新入社員などの除外事由を設けていることは,組織運営,品質,生産性の向上等,あるいは,技術習得期間と教育費の回収の観点などそれぞれ合理的な必要性が一応認められ,不合理と断じる理由は認めがたいものの,その元となる点数配分自体はなお,作業工程ごとに十分な合理性をもってなされているか,すなわち,共同作業について相対的に低い点数配分となっているのではないかとの疑問を払拭することはできず,これを元に点数を換算し,被解雇者を選定する本件解雇基準が合理的であると判断することはできないし,また,変更された給与支給基準は,いわゆるサービス残業をするかどうかにより製作点数に差が生じる可能性のある基準であるが,原則として就労する義務のない残業により生じる製作点数の差が,整理解雇の対象となるかどうかを決する基準となることは相当でなく,本件解雇の基準にはかなりの疑問がある。

また,前記認定のとおり,債務者と組合分会間の交渉は決裂が続き,本件解雇直前には組合による新潟労働基準監督署への申し入れもあって債務者が二度にわたって未払残業手当の支払いをしていることなどから,両者の必ずしも良好とはいえない関係下において,前記のような本件解雇直前という時期に,組合員4名を除いて7名を共同作業グループに異動させ,その内5名が本件整理解雇基準に形式的には該当するばかりか,債権者ら6名の中では達成率の最も高い債権者阿部(69.6パーセント)や同じく所定時間内製作点数が最も高い債権者西澤(1557点)よりも計数上の成績がよくない者が共同作業グループに属している者の多くを占めているのに(〈証拠略〉),本件解雇の対象とはなっていないこと,本件解雇の対象者は,組合役員として第9回団体交渉以降債務者との交渉に当たっている者が多くを占めていること,債権者西澤及び同阿部については,製作点数には作業の不慣れが多少影響していると考えられ,債務者の定めた半年間という比較的短期間に限った評価に十分合理的な理由があるかは疑問もあること等からすれば,本件解雇の対象者の選択は,恣意的に行われていた可能性を否定できない。

(3) 平成11年11月22日に整理解雇実施の予告をし,同月29日に指名解雇すると決定してその基準を説明し,その11日後に解雇の意思表示をした本件解雇手続は,その間,従業員数名と協議し,組合分会との協議の機会はもたれているものの(第11回団体交渉),解雇手続として,余りに性急に過ぎる感があり,さらに,本件解雇の基準として平成11年度上半期実績において著しく製作能力の低い者とするが,当該年度の始期において,この基準が解雇基準として使用される可能性があることは告知されていないこと,以上を総合すれば,本件解雇手続には不相当な面があるといわざるを得ない。

(二) 以上の認定,説示したところを総合的に考慮すれば,本件解雇は,整理解雇として十分にその要件が備わっているとは言いがたく,むしろ,債権者らに対する解雇の経過をみると,債権者らの組合活動を嫌悪して右解雇がなされたことが窺われるので,本件解雇は,解雇権を濫用したものとして無効というべきである。

(三) 債務者が本件解雇後,債権者らの労働の提供の受領を拒絶していることは当事者間に争いがないから,債権者らは,債務者に対し,本件解雇後も賃金債権を有しているものということができる。

二  基本給等の金額

各債権者の平成11年5月分までの基本給の額が,それぞれ,別紙賃金目録Ⅰ欄記載のとおりであったことは,当事者間に争いがなく,債務者が平成11年6月,各従業員に対し,本件給与支給基準を変更する旨通知したことは,前記認定のとおりである。

ところで,債務者の就業規則と一体となる給与規定(〈証拠略〉)によれば,従業員の基本給について,「本人の年令,学歴,勤続年数,能力,経験および勤務内容等を勘案し合理的かつ客観的基準により決定する。」(8条)と定められているが,賃金計算の方法については何も定められていないので,結局,各従業員の賃金計算の方法及びこれに基づく具体的な基本給の額は,右給与規定によっては決定することができず,債務者と各従業員との個別の合意によって決定するほかないものと解され,この理は,従前の賃金計算の方法を変更する場合においても当てはまるものというべきであり,したがって,本件給与支給基準の変更についても各従業員の個別の同意を要し,右変更に同意しない従業員に対してはその基準の適用はできないものというべきである。

この点,債務者は,各従業員との間に個別の合意がなくとも,債務者の従業員である歯科技工士74名中67名(90.5パーセント)が本件給与支給基準の変更に同意しているから,労働組合法17条を準用して,同意しない従業員に対しても右基準が適用されるべきである旨主張するが,右規定は,労働組合が獲得した労働協約の実効性を確保することを目的とした規定であって,労働組合の承諾も関与もなくなされた本件給与支給基準の変更については,準用の余地はないものというべきである。

債権者阿部と同丸山においては,本件給与支給基準の変更に同意したことが一応認められるが(〈証拠略〉,審尋の全趣旨),その余の債権者については右変更に同意したことを疎明するに足りる証拠はない。

右によれば,本件解雇後時の債権者らの基本給は,債権者阿部と同丸山については別紙賃金目録Ⅲ記載の金額であり,その余の債権者らは同目録Ⅰ記載の金額ということになる。

三  保全の必要性

1  保全額及び期間

債務者は,各種手当てについて保全の必要性がないと主張するが,家族手当は扶養親族の有無と連動しているわけではないなど(〈証拠略〉),その性質は給与と同等と一応認められる。しかし,通勤手当は,給与規定によれば,実費保障の趣旨で支給されており(〈証拠略〉),通勤の事実が疎明されない以上,賃金から控除するのが相当であるが,債権者らの通勤手当は別表通勤手当欄の各金額であると認められるから(〈証拠略〉),債権者ら各自については,別表基本給欄及び同手当(通勤手当を除く。)欄の合計額である,別表保全額欄記載のとおりの各金員の限度において,保全の必要性があると一応認められる。

また,仮払期間については,時間の経過によって救済を要する状態の変動があることは避けられないことを考慮し,本決定時から1年を限度として認めるのが相当であり,また,債務者が債権者らに対し平均賃金の2か月分(平成11年12月11日から平成12年2月10日までの分)を手当として支給したことは前記のとおり争いがないから,この期間については仮払いの必要性がないものというべきである。

そして,右金額を超える部分については保全の必要性について疎明が足りず,右期間以後の分については現段階では保全の必要性は認められない。

2  地位保全

債権者らは,債務者に対し,労働契約上の地位にあることの仮の確認も併せて申し立てるが,他に特段の主張及び疎明のない本件においては,地位保全の仮の確認を求める必要性を認めることはできない。

四  まとめ

以上の次第であるから,債権者らの申立ては主文第一項の限度で理由があるから担保を立てさせないでこれを認容し,その余については理由がないから却下する。

(裁判長裁判官 片野悟好 裁判官 飯塚圭一 裁判官 武田正)

賃金目録

〈省略〉

別表

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例